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東京地方裁判所 平成3年(ワ)688号 判決 1991年12月16日

原告

三浦和義

被告

株式会社主婦と生活社

右代表者代表取締役

遠藤昭

右訴訟代理人弁護士

柴田敏之

澤口秀則

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五九年七月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告発行の週刊誌に掲載された記事によって名誉を毀損され、一五〇〇万円相当の損害を受けたと主張し、被告に対し、一部請求として五〇〇万円の損害賠償を請求した事件である。

一争いのない事実

被告は、被告が発行する週刊誌「週刊女性」昭和五九年七月一七日号(本件週刊誌)において、「衝撃!!独占手記」、「三浦疑惑事件」、「あなたはなぜ雪子を殺したの……」等のタイトルを付した記事(本件記事)を掲載した。

二争点

本件の争点は、次のとおりである。

1  本件記事は、原告の名誉を毀損するものであるか否か。

2  原告は、原被告間の東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第一三二九六号損害賠償請求事件(別事件)について平成元年九月一九日に成立した訴訟上の和解において、被告に対する損害賠償請求権を放棄したか否か。

3  原告の損害賠償請求権は時効消滅したか否か。

4  本件記事は、公共の利害に関する事項について、真実と信ずべき証拠に基づいたもの又は公正な論評であり違法性が阻却されるか否か。

第三争点に対する判断

一争点1(名誉毀損の成否)について

証拠(<書証番号略>、原告本人、証人秋本誠、同田中光男)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、妻(三浦花子)に対する殺人未遂罪で起訴され、昭和六二年八月、当庁において有罪判決を受けて控訴し、さらに、昭和六三年一一月、妻花子に対する殺人罪で起訴され、右各犯罪について審理中のものであるが、昭和五九年一月から本件週刊誌発売当時(昭和五九年七月ころ。以下、「本件当時」という。なお、本件週刊誌は、昭和五九年七月一七日号であることからみて、同月一六日以前に発売されたものと認められる。)にかけて、右各犯罪について原告の関与を疑わせる数多くの報道(いわゆる「ロス疑惑」報道)がされるとともに、従前から原告と親交のあった乙川雪子の失踪及び死亡(昭和五九年三月、新聞等により、米国ロスアンゼルス郊外で発見された白骨死体は、乙川雪子の遺体であることが確認されたとの報道がされた。)についても、右同様に原告が関与しているとの疑いを抱かせる報道がされてきたことが認められる。

本件記事は、乙川雪子の母である乙川タキに対するフリーライター秋本誠の取材結果に基づき、被告が、乙川タキの手記の形で編集したものであり、本件記事の内容は、全体として、乙川雪子が何者かに殺害されたことを前提として娘を殺された母親の心情を犯人に訴えかけるものになっているが、その犯人が原告であるとの断定的な記載はない(<書証番号略>)。

しかしながら、本件記事のタイトル部分には、「三浦疑惑事件」の文字とともに原告の顔写真が載っており、また、第一頁目には、手記の内容の要約紹介文として、大きな文字で「三浦さんのこと」なる記載があり、さらに、本文中にも、「三浦さんには、逃げたりしないで早く真実を話してほしい。」、「三浦さんはもし雪子を殺していないのなら、はっきりとそれを証明してほしいし、殺したのならそのわけを聞かせてください。」、「いま思えば、あのときから雪子はあの男(三浦)から逃げられなくなっていたのでしょう。」、「三浦さんは雪子には直接手を下していないでしょう。」などの記載がある(<書証番号略>)。

そうすると、本件当時、前記のようなロス疑惑報道が既にされていたことを併せ考えると、本件記事の内容は、原告が乙川雪子を殺害した犯人であることを示唆するものであって、原告の社会的評価を低下させるものと認められる。

二争点2(和解による請求権放棄)について

証拠(<書証番号略>、原告本人)によれば、被告主張の別事件における訴訟上の和解は、和解条項第六項では、「当事者双方は、本件につき、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務の存在しないことを相互に確認する。」との文言になっており、当該別事件で問題とされた記事について、当該別事件に限り、和解の合意がされたものと認められるから、被告の右主張は理由がない。

三争点3(時効消滅)について

証拠(<書証番号略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五九年四月ころから昭和六〇年一月ころまでの間、欧州に滞在し、その間、日本に帰国したことはなく、本件記事の存在は、東京拘置所内において、平成二年九月一〇日ないしその直後に知ったものであることが認められ、原告が、平成二年九月一〇日より前に、本件記事の存在を知ったことを認めるに足りる証拠はない。

よって、被告の消滅時効の主張は理由がない。

四争点4(違法性阻却)について

被告は、本件記事は、公共の利害に関する事項について、真実と信ずべき証拠に基づいたもの又は公正な論評であるから違法性が阻却されると主張する。

一般に、民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実にかかり、もっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立せず、さらに、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意又は過失がなく、結局、不法行為は成立しないと解するのが相当である。

本件記事は、乙川タキによる手記の形をとるものであるが、その内容は、前示のとおり、乙川雪子が殺害されたことを前提として原告が右殺害に関与しているとの事実を示唆する趣旨のものであるから、原告の名誉に関するのは、乙川タキが本件記事のとおりの心情等を述べたという事実ではなく、乙川雪子の右殺害に原告が関与しているとの事実であって、被告は、これが真実であるか又はこれを真実であると信じたことにつき相当の理由があることを証明しなければ、名誉毀損の責任を免れるものではない。また、本件記事には、右事実を前提として、これに対する乙川タキの心情を伝えようとする部分があり、この部分が広い意味における論評にあたるかどうかはさて置き、被告は、この部分の基礎となる事実の主要な部分である乙川雪子の殺害及びそれへの原告の関与について、これが真実であるか又はこれを真実であると信じたことにつき相当の理由があることを証明しなければ、不法行為責任を免れるものではない。

そこで検討するに、証拠(<書証番号略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、乙川雪子は、従前から原告と親交があり、昭和五四年三月ころに行方不明となったこと、原告は、そのころ、乙川雪子への貸金の返済として、同人の銀行口座から金を引き出したことがあること、昭和五九年三月ころ、前記白骨死体につき、歯形の特徴から乙川雪子と特定されたとの新聞報道がされたことが認められるものの、それ以上に、乙川雪子の殺害及びこれに原告が関与した事実を認めるに足りる証拠はなく、真実性の証明は十分とは言えない。

また、被告において、乙川雪子の殺害及び原告の関与を信じるにつき相当の理由があると認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告の右主張は理由がない。

五損害について

よって、前示のとおり、原告は、本件記事により、社会的評価を低下させられ、その名誉を毀損されたものと認められる。そこで、前記認定の事実その他本件に現れた一切の事情に照らすと、原告に対する損害の賠償額は、五〇万円をもって相当とする。

第四結論

以上によれば、本訴請求は、不法行為による損害賠償として金五〇万円及びこれに対する本件記事が公表された後である昭和五九年七月一七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮﨑公男 裁判官井上哲男 裁判官河合覚子)

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